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横浜地方裁判所 昭和39年(行ウ)14号 判決 1966年2月28日

原告 合資会社 魚勝商店

被告 戸塚税務署長

訴訟代理人 真鍋薫 外六名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

(原告)

1、被告が原告に対し、昭和三九年六月二六日付でなした「昭和三七年三月一日から昭和三八年二月二八日までの事業年度分法人税額等の更正処分に対する異議申立」の棄却決定を取消す。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  争いのない事実

1、被告は、白色申告法人である原告に対し、昭和三九年四月二八日付で、昭和三七年三月一日から昭和三八年二月二八日までの事業年度分法人税額等の更正処分(以下原処分という)をした。

2、原告は被告に対し、昭和三八年五月二八日付で、不服事由を「更正処分の対象となる事実はなくその理由がない」と記載して、原処分の取消を求める異議申立(以下本件異議申立という)をし、被告は同年六月二六日右申立の棄却決定(以下本件決定という)をした。

3、本件決定には次の理由が記載されている。

「貴社の帳簿組織は不完全で信憑性がないため、法人税法第三一条第二項を適用したものであります。原処分は正当と認められますから棄却します。」

4、行政不服審査法第四条第一項、国税通則法第七九条第五項によると、異議申立に対する決定(本件決定)については審査請求ができないので、原告は東京国税局長に対し、本件決定後の原処分につき、本件異議申立と同一の不服事由を含む審査請求をし、昭和四〇年七月二二日付で、別紙記載のとおり右請求棄却の裁決があつた。

二  争点

(原告)

(一) 本件決定は理由不備の違法があるから、取消を求める。

1、行政不服審査法第四八条、第四一条第一項は、異議申立に対する決定に理由を附記することを要求している。これは決定機関の判断を慎重にし、その恣意に陥入ることを防ぎ、決定の公正を保障するためである。従つて附記すべき理由は、申立人の不服事由に対応し、その結論に到達した過程を明示しなければならない。

2、本件異議申立における原告の不服事由は、原処分全体を争うものであるが、これに対応すべき本件決定の附記理由は、被告が更正税額を認定した具体的根拠、原告の帳簿等の信用できない理由、原告に法人税法第三一条第二項を適用した根拠、資料等を明示していない。よつて本件決定理由は、原告の不服事由に対応せず、その結論に到達した過程が不明で、理由不備である。

3、行政庁は自己のなした処分の根拠を、被処分者の不服申立事由及びその態度如何に拘らず、明示する義務がある。

4、原告は被告に対し、本件異議申立前後に原処分をなした理由を再三質したが、被告はその説明を拒否した。更に被告は本件決定の審理中、その義務である補正命令(行政不服審査法第二一条)もなさず、本件異議申立に伴う原告の主張立証活動を制限した。

そのため原告は原処分理由を知り得ず、結局原処分全体を争うことを、本件異議申立における不服事由とせざるを得なかつた。

(二) 仮に審査請求に対する裁決の理由附記が十分であるとしても、本件決定の違法性は消滅しない。

1、審査請求は原処分を審査の対象とし、本件決定を対象としていないから、その裁決が本件決定に影響を及ぼすいわれはない。

2、行政不服審査法第四八条、第四一条第一項の趣旨は、異議申立に対する決定に関し、他の書面等によつて決定理由が推知できる場合でも、決定書自体に適法な理由の記載されることを効力要件としていると解されるから、審査請求に対する裁決理由が本件決定の理由不備を補正することはない。

3、審査請求に対する裁決は、実質的には第三者機関である協議団の判断に基く(国税通則法第八三条)もので、原告は納税者として、原処分庁である被告自身の判断理由を求める権利がある。

(三) (訴の利益)

本訴において本件決定が取消されると、被告はあらためて本件異議申立に対する決定をしなければならず(行政事件訴訟法第三三条第二項)、右異議申立が当然審査請求とみなされることはない。そうすると被告は、本件異議申立につき十分な理由附記のある決定をなさねばならず、従つて原処分に対する再度の審理も可能となり、原処分が再更正される余地を生じ、而も十分な理由附記により原告は原処分の取消等を訴求する際の攻撃防禦方法を獲得できるから、本訴は訴の利益がある。

(被告)

(一) 本件決定は原告の不服事由に対応した理由附記があり、適法である。

1、同法第一五条第一項第四号は、不服申立に際し、その趣旨及び理由を記載することを要求している。これは行政処分の大量性、回帰性という特殊性に基き、行政救済制度の悪用、濫用を防ぐためである。従つて附記すべき理由は、申立人の不服事由が具体的であるか否かにより異なる。

2、原告の不服事由は、正当課税標準、税額等を主張立証せず、極めて抽象的であるから、判断の過程を詳細に説示する必要がなく、簡潔な理由と結論を示せば足りる。

本件決定は、右の趣旨に沿う必要十分な理由附記がある。

3、原告は白色申告法人であるから、本件異議申立前に原処分のなされた理由を、被告が開示する義務はない。

4、原告が被告に原処分理由を質したことはなく、却つて原告は、原処分に対する具体的不服事由を推知できたのに、これを明確にすることを回避し、本件決定の審理過程で被告の釈明に応ぜず、調査活動を妨害した。斯る場合は、真摯な行政救済制度の利用と認められないから、決定理由も結論のみを示せば足りる。

なお補正命令を出さなくとも審理内容を充実すれば足りるから、これが本件決定の違法原因とはならないし、被告は慎重な書面調査、反面調査等を行つた結果、本件決定の結論に達した。

(二) 仮に本件決定に理由不備の違法が存するとしても、別紙記載のとおり原告のなした審査請求を棄却した裁決において、詳細な理由附記があるから、本件決定の違法性は消滅した。よつて本訴請求は失当である。

(三) (同上)

本訴において本件決定が取消されると、本件異議申立の段階に戻り、右申立は当然原処分に対する審査請求とみなされる(国税通則法第八〇条第一項第一号)。ところが先に原告からなされた原処分に対する審査請求は、既に棄却されているから、右の審査請求とみなされる申立は二重請求となり、審査庁において実体的判断をされず、却下されることになる。そうすると本訴で本件決定を取消す法律上の実益は存しないから、本訴は訴の利益を欠き不適法である。

第三証拠<省略>

理由

本訴の争点中(三)の訴の利益につき判断する。

原処分につき、原告から東京国税局長に対し、本件異議申立と同一の不服事由を含む審査請求(以下先行審査請求という)がなされ、これを棄却する裁決のあつたことは当事者間に争いがなく、右裁決が本訴の口頭弁論終結前になされたことは、本訴の経過に照し顕著である。

ところで、仮に本訴で理由不備の違法があるとして本件決定を取消し、これが確定すれば、本件異議申立の段階に戻り(行政事件訴訟法第三三条第二項)、本訴の提起が本件異議申立の翌日から三月を経過していることは本件記録上明らかであるから、右申立は当然審査請求とみなされ(国税通則法第八〇条第一項第一号、みなす審査請求)、被告の決定を経ずに審査庁(東京国税局長)に係属する。

この場合、前示先行審査請求に対する審査庁の実体的判断(取消、変更、棄却裁決)がなされていなければ、みなす審査請求は先行審査請求の不服事由の追加的変更と解すべきで、而も審査庁は右取消判決に拘束される(行政事件訴訟法第三三条第一項)から、これと牴触するような裁決理由を示すことはできず、従つて本訴が訴の利益を有することは明白である。

けれども、既に先行審査請求に、実体的裁決のなされている本件の如き場合、右取消判決はその裁決を取消すものでないから、審査庁はその裁決の不可変更力に拘束され、みなす審査請求に再度実体的判断をなすことなく、却下する(行政不服審査法第四〇条第一項)ものと解される。

もつとも、右実体的裁決が棄却裁決ならば、これは取消裁決と異なり(行政不服審査法第四三条)、原処分が違法でないことをいうに過ぎず、被告が右裁決後に任意の再審理をし、原処分に明白な誤認を見出した場合は、被告の本来の権限に基いて再更正処分をすることを妨げるものではなく、またみなす審査請求が前示のとおり審査庁で却下されるとしても、被告において右棄却裁決のあつた場合と同様、原処分に対する任意の再審理をする可能性が全くないとはいえない。

然しながら、右再審理、再更正処分の可能性は、本件決定を取消す判決の有無に拘らず、或いは審査請求に対する棄却裁決の存否を問わず、事実上存在するものに過ぎず、本件決定が本訴で取消されることにより法律上当然生ずるものではない。

そうすると右可能性の存在をもつて、本件決定の取消判決を受ける法律上の利益ないし必要があるとはいえないから、本訴は訴の利益を欠くというべきである。

よつて、本件訴を不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋三二 土井博子 斎藤祐三)

(別紙)

裁決

審査請求を棄却する。

裁決の理由

一、昭和三九年七月一五日付審査請求書記載の審査請求の趣旨イおよび理由において、原処分に対する異議決定に理由附記がなく違法であるということを事由に原処分の取消しを求めているが、当該異議決定には、理由が附記されているのみならず、かりに異議決定の附記理由が十分でないとしても、そのことは原処分の違法事由たりうるものではないと解されるから、請求人のこの点に関する主張には理由がない。

二、同趣旨ロおよびハにおいて、行政不服審査法第三三条に基づく更正処分に関する書類の閲覧請求を、また、同法第二五条に基づく口頭による意見陳述の機会の賦与を求めているが、それらが原処分の違法事由とならないことは明らかである。

三、昭和三九年九月二二日付審査請求の追加的変更なる文書において「更正を行なうに際し、更正理由、計算過程、内容等本人に全然質問せず、説明も行なわず、釈明も求めず全く一方的に更正した。かかる行政行為は著しく不当なものである」から原処分を取り消せという趣旨の申立てを行なつているが、本件更正処分は税法所定の手続に従つて適正になされたものであつて、請求人主張のように全く一方的に更正したものでないのみならず、かりに請求人主張のような事実が存在していたとしても、そのことは原処分の違法事由たりうるものではないから、この点に関する請求人の主張にも理由がない。

四、以上のほか、請求人は昭和四〇年六月七日付「理由の追加」および同月二八日東京国税局協議団横浜支部受付の「申立書」と題する各書面を提出している。これらの書面を総合すれば、請求人は更正処分の所得金額にも不服があると考えられるので、この点について原処分を正当とする事由を次のとおり明らかにする。

(1) 原処分ならびに審査請求までの調査の過程において請求人の妻または代理人の説明によると、その備付帳簿書類に基づく売上総利益率は一六%程度にすぎず、それが真実を表わすものでないことは供述者自らが認めているところである。また、請求人の申告によれば、売上総利益率は二二・五%となるが、その主張はそれ自体し意的であつて信用するに足るものでなく、また、主張を妥当とする合理的説明ないし帳簿書類または資料もない。そこで請求人の過去における申告事績等を検討して得られる当年度の売上総利益率二五・七%を調査の結果正当と認められる請求人の申告による売上原価七、七三九、四四九円に適用して算出すると売上総額は一〇、四一六、四八五円となり売上総利益は二、六七七、〇三四円となる。

(2) 次に請求人の申告にかかる営業経費一、八八三、九七一円、営業外収益二五、五四七円および営業外費用五五四、九五〇円については、本件審査請求に対する調査の過程において代理人が実績にもとずくものである旨申し立てているのでこれに従つて、当該金額を上記売上総利益金額に除加算すると当期分所得金額は二六三、六六〇円となる。したがつて、この範囲内で請求人の所得金額を一〇六、〇〇二円とした原処分は正当である。

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